「無理している自分」「都合のいい自分」「明るいふり」はあなたをダメにする!

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社会に出ると自分を演じていると感じることが多かったりしますよね?

私もそんなことを感じることがあった「perokun」です。

無理をしているな、相手に好かれたいな、明るく振るまいたいな、などなど思っていました。

疲れなければ良いんですが、無意識のうちに無理をしていたことを認識してしまったんです。

「無理している自分」「都合のいい自分」「明るいふり」はあなたをダメにする!についてお話しします。

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「無理している自分」に気づいているか?

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愛情飢餓感があまりにも強いと、人は自分の感情を見失うまで他人の期待に応えようとします。

上司や同僚に評価され、受け入れてもらうために無理をして働きすぎる人がいます。

真面目に働くことが、認められるために必要なことであると思っているからです。

昔の私もこの通りでした。

人から気に入られるために

人を喜ばそうとする人は、自分の感情を偽るのです。

つまらないのに「おもしろい」と言うのです。

嬉しくなくても「嬉しい」と一言うのです。

「こんなことをなんで私に頼むのか?」と、内心怒りながらも明るい声で「はい、わかりました」と言うのです。

好かれたい、愛されたい、ほめられたいから自分を裏切る。

「自分を裏切る」と言って言いすぎなら、「無理をする」。

無理をするから、たとえ期待どおりに好かれても心のなかはスッキリとしていないのです。

本当は行きたいのに「ここに残る」と言う。

本当はおいしくないのに「おいしい」と言う。

みな、相手の気持ちを推測してのことですよね。

なぜか欲しいものを欲しいと言えないのか?

欲しくないものを欲しくないと言えないのか?

好きなものを好きと言えないのか?

いやなものをいやと言えないのか?

自分のしたいことをしたいと言って嫌われるのが怖いから、自分のしたいこともしたいと言えない・・・。

そしてこのように、自分の気持ちに無理を続けるから相手に対して憎しみを持つようになるのです。

もちろん、この憎しみは、意識されることなく無意識に追いやられることもあるし、意識されることもあります。

しかし、いずれにしろなんとなくその人といると不快感が出てくるものです。

人は誰でもひとりでいたいときもあります。

べつに相手が嫌いなわけではないのです。

それなのに「ひとりでいる」と言えないのです。

相手と一緒にいたくないと言うと、気まずくなるような気がするからです。

しかし、無理をして一緒にいるから気分が重くなるのです。

なんとなく気持ちがふさいでくるのです。気持ちがはけないのです。

相手のことを考えてお互い無理をしながらも、かえってお互い不愉快になることもあります。

自分の気持ちに正直にしていれば、一緒にいて気持ちが晴れるのに弱い人はそれができないのです。

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なぜ相手にとって「都合のいい自分」を演じてしまうのか?

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弱い人は真面目に働くこと以外にもいろいろと好かれるためのことをします。

たとえば従順であることが好かれるために必要と考えるのです。

忠誠と真面目である。

しかし残念ながら、従順な人が必ずしも相手から尊ばれるわけではない。

それはまことに人生の悲劇とも言うべきであろう。

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相手に好かれ

尊敬され

尊ばれるために

自分を犠牲にしながら

結局は相手から都合のいい存在としか扱われないのです。

好かれるための行為によって相手から軽く見られる。

しかも何度も言うように、それらの人は無理をしているのである。

気に入られよう、気に入られようとする姿勢は、ずるさに通じるから尊敬を得られないのです。

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好かれようとして明るくふるまう人がいる。

しかし、本当に明るい性格なわけではない。

不安の防衛としての明るさである。

明るい「ふり」をしている。

そのような防衛的性格としての明るい性格の人は、前から見るととても明るく明朗である。

しかし、後ろ姿がものすごく淋しい。

前から見るのと後ろから見るのとではこれほど違うのかと、その違いに驚く。

見る人が見るとそれがわかる

そして、その淋しい後ろ姿こそその人の本当の姿なのである。

その人の心の底を表現しているのは、その淋しい後ろ姿なのである。

防衛的性格の人は悩んでいる。

だから明るくふるまっても夢がない。

悩んでいると夢を追えない。

そこが本当に明るい人と、明るい「ふり」をする人との違いだと思います。

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「悩み」を隠すための「明るいふり」はあなたをダメにする

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「関心をひくための明るさ」は防衛的性格としての明るさです。

アメリカの心理学者マズローの言葉を使えば、欠乏動機で生きている人である。

つまり基本的な欲求が満たされないので、それを満たそうとして生きている人である。

マズローによれば、人はビタミンCを求めるように愛情を求めている。

それが欠乏すると神経症になる。

これらの恐れを利用して親が子供を育てることがある。

親が子供に言うことをきかせるためにこの恐れを利用する。

その結果、子供は生きることを恐れるようになる。

そしてこの恐れこそ、人をいつまでも依存的にしておく原因であろう。

恐れを利用して子供を育てる親は

自分がどのようにひどいことを子供にしているかを気づいていない

よく、よちよち歩きしかできない子供の手をとり「あんよは、おじょうず」と言って子供を歩かせている母親がいる。

母親が手を離したら子供は歩けない。

心理的にはこの手と同じものが大人になっても必要なのです。

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従順な子供にしろ、「ふり」としての明るい性格の人にしろ周囲に過剰反応した子供は淋しいものです。

心の底では悩んでいる。

そして自分では淋しいということに気付いていないのですから。

ひとりで生きていかれないから、とにかく関心をひくための明るさを演じる

心のなかの悩みを隠そうとする。

自分の世界がある人は、他人の関心をひく必要がないのです

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淋しいからこそ、依存的だからこそ人は周囲の関心をひく必要があるのです。

自立してくると、ことさら他人の関心をひかなくても楽しく時を過ごせます。

過剰適応している子供は、そもそも適応してはいけない環境に適応しているのである。

それについて、マズローは「誰に対しても適応するのか、支配的な親に対してであるのか」という問題をあげています。

大人になってから問題をおこす「よい子」は支配的な親に対して完全に適応していたのでしょう。

「よい子」というのも「誰に対してよい子であるのか」という問題があります。

ときに人は、自分が「よい子」であることを恥じなければならないときがあるのです。

自分の本性に逆らって支配的な人に適応すれば、神経症になったり体を壊したりするであるでしょう。

少なくとも感動する能力を失う可能性は大いにあるのです。

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