人望が厚い人!人望が集まる人はどこが違うのか?自分を変える方法

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こんにちは。「perokun」です。

あなたの周りにふしぎと人望を集めてしまう人はいませんか?

何事も無理をしない様にするのがうまくいきます。

今回は、ふじぎと人望が厚い人!

人望が集まる人はどこが違うのか?についてお話しします。

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こんな風に自分を変えたい!

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気の弱い人は自己主張など気がひけてできないのだ。

自己主張しないから、自己主張することがないかというと、そうではないのです。

言いたいことはある。

心の底では普通の人よりもわがままだから、言いたいことは普通の人よりもたくさんあります。

だから、おとなしくしているが、普通の人よりも心のなかは不満でいっぱいであるのです。

しかし、その不満や言いたいことを言えない。

なぜ言いたいことを言えないのか?

それは皆に気に入られたいからです。

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気に入られるために自己主張はできないのです。

そこで不満を感じるのです。

不満に思うけれども自己主張はできないのです。

悪循環をしていく。

したがって、気の弱い人が黙っているからと言って満足しているわけではないのです。

八方ふさがりになって黙っているだけである。

不満は日に日に心の底に蓄えられていくはずです。

だから不眠症になったりするのです。

本人がそれに気がついているときもあるし、気がついていないときもあります。

しかし普通の人よりも不満は解消されないのです。

小さい頃から自分を抑えることで気に入られようとする習慣が身についてしまっているのです。

そこでいつでも言いたいことを我慢する。

しかし不満であることには変わりはない。

たとえば、コンピューターを勉強することが嫌いである。

しかし「嫌い」と言うと親に嫌われると思い「好き」と言う。

心のやさしい子供は自分が淋しがると親が悲しむと思い、つらい気持ちを抑えて明るくふるまうことも多い。

その不満が抑圧されていることもあるし、意識されていることもある。

明るく人あたりのよい人のなかに、ものすごい不満がたまっていることがある。

このような人間は、ずるい人間にとっては扱いやすい人間である。

自分を抑えることで、気に入られようとしている人間は、ずるい人間にとって都合がいい。

周囲にはそのような利己的な人間が集まる。

気が弱い人のほうは、皆にとって都合がいい人間になることで気に入られようとするのです。

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 尽くしているのに「気に入られない」のはなぜか?

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大人になっていろいろと問題を起こす人は、そうしたつきあい方が身についてしまっている人である。

そこで心の底には不満が積もりに積もっていく。

毎日毎日、不満が心の底に堆積していく。

本人は気がつかないうちにその不満ははかり知れないほどの量になっている。

それがその人の性格に影響を及ぼさないわけがない。

上司に気に入られようと思って自分を抑える。

自分を抑えて上司にとって都合のいい存在になる。

部下に気に入られようとして自分を抑える。

自分を抑えることで部下にとって都合のいい上司になる。

自分を抑えるといっても、相手のことを思いやって自分を抑えるわけではない。

相手を恐れるから自分を抑えるのである。

そして心の底では自分を抑えていない人よりもずっとわがままである。

普通の人よりもひどく自己中心的である。

普通の人よりもずっと利己主義である。

それを気に入られたいがために、普通の人よりもはるかに思いやりのある態度をとるのです。

このようにして我慢をしていればそれが性格に影響を及ぼすのは当然です。

皆とうちとけない性格になるかもしれない。

他人の幸福を素直に喜べない性格になるかもしれない。

親しい人とさえも心をふれあえない性格になるかもしれない。

なによりも恨みがましい性格になるにちがいない。

そこで人のために行動していながらも、なんとなく人望のない人というのが出てくる。

それは気に入られるために相手にとって都合のいい存在になった人である。

しかし、心の底にははかり知れない不満が渦巻いている。

その恨みがましい性格が、人をひきつけないのである。

気に入られたいという気持ちのために、人はどれくらい自分を痛めつけているかわからないのです。

そしてどのくらい自分の攻撃性を抑圧しているかわからない。

しかし、この攻撃性を意識できたときに、はずかしさを克服できる第一歩を歩みだしたと言えるのである。

そしてはじめて人に対する思いやりというものを持てるようになるのです。

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 自分自身の満足よりも、相手の満足のほうが大事になっていないか

先に「不満は日に日に心の底に蓄えられていく」といいました。

このような人はどうなるか。

はじめはなんとか取りつくろっていてもしだいに顔が暗くなる。

性格が暗くなる。

そして暗い人はどうしても人に好かれない

彼は好かれるために我慢しながら、結果は人が親しくなりたくない人間になってしまう。

自己主張できないから第二者には謙遜と映ることもある。

しかし人に謙遜と映っても、その人自身は謙遜したあとで満足しているのではない。

不満になっているのである。

謙遜と映っても暗い顔をしていると人は避ける。

そして暗い人は皆が避けるから同時に幸運も訪れない。

笑う門には福が来るという格言は、実は恐ろしいことを言っているのである。

逆に言えば「幸福論」の第一人者タタルキェヴィチが言うように、犠牲を払うから幸せになれないということである。

暗い人は努力しながらもむくわれない。

我慢に我慢を重ねながらも、なぜか幸運が逃げていく。

努力しても結果が悪い。

努力が無駄になる。

そこで恨みだけが残る。

仕事ひとつをとってみても、暗い人は努力しても、その成果は明るい人に持っていかれる。

「持っていかれる」と言っても、「明るい人が、持っていこうとして持っていくわけではない」。

自然とそうなってしまうということである。

暗い人は努力した結果を強く求める。

努力している人でかつ暗い人はなによりも結果が大切なのである。

しかし肝心の結果はいつも望ましくない。

その結果落ちこむ。不満だから落ちこむのである。

多くの人が集まって仕事をする。

周囲の人が明るい人にその成果を期待してしまうのである。

一時は人の悪口を言うのがおもしろくても、長い間には明るい人と一緒にいるほうが愉快である。

暗い人と一緒に人の悪口を言っているのは、結局は愉快なものではない。

長い間には、人の悪口ばかり言う人のまわりには、同じように暗い性格の人しか残らない

このような人達のところに、誰がいい話を持ってくるであろう。

どうして人の悪口ばかり言っている集団に、幸運の女神が訪れるであろう。

幸運の女神は悪口ばかり言う人を避けて通る

そして、悪口ばかり言う人は満足していないから人にやさしくなれない。

人はやはりやさしい人が好きなのである。

やさしい人のそばにいたがる。

そのほうが結局は自分も心が温かくなるのです。

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自分のなかに「いやな自分」が住みはじめたら、まわりを見なさい

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私は今まで努力してきた、つらい努力を続けてきた、我慢に我慢を重ねてきた、でも何もかもうまくいかなかった」と思っている人は、まず自分の心を見つめることです。

不満を感じている人は自分の心を見ていないことが多い。

人の悪口ばかり言う自分の心のなかにあるものは何か、ということである。

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自分自身を見つめたら次に周囲の人を見ることである。

自分のまわりにはどのような人が集まっているだろうか

不運の原因は自分自身の周囲にいる人が原因であるかもしれない。

あなたの周囲にはあなたと同じように不満ばかり持って、愚痴を言って、人の悪口を言って、そして時を過ごしている人が多いのではなかろうか。

うまくいかないときにはまわりを見なさい!」自分が人脈と思っている人たちこそが自分の不運の原因かもしれない。

人の悪口ばかり言う集団にいつまでも属していてはいけない。

あなたの人生は変わらない。

私自身、30代の後半までつらいことが多かった。

努力は死ぬほどした。

努力に努力を重ねた。

誰にも負けないほど努力した。

ノイローゼになるほど我慢した。でも幸せは訪れなかった。

あるときに私は自分の周囲の人を見た。

驚いたことに私と同じように自信のない人ばかりであった。

悪口を言う人、人の悪口を言っていないと気がすまない人、そんな人ばかりであったのです。

私自身が人の幸福を喜べない人であったのです。

人の成功をねたましく思う人間であったのです。

そんな私が幸せになれるはずがない。

人の成功をねたましく思う人間は、血の出るような努力をしても幸せにはなれない。

どんなに努力しても幸せになれるはずがない。

死ぬほど努力しても幸せになれるはずがない。

自己犠牲に自己犠牲を重ねて人に尽くしても、幸せはこない。

人の悪口ばかり言っている人と離れる

それが私のある時期の生活目標であった。

そして自分も変わったのです。